
「扇風機の風に当たると死ぬ」と言って扇風機を全て止める先生がいた
今では考えられないかもしれませんが、十数年前の中学校はエアコンがありませんでした。
外は今よりも幾分か気温は低かったのですが、それでも夏場は暑いです。かろうじて教室に付いている4台の扇風機をフル稼働させて授業に集中・・・ですが、社会科の先生は「扇風機の風に当たると死ぬ」と言って全部止めてしまいました。
科学的根拠は一切言わないで、不機嫌な顔をして扇風機を止めて回る姿は異様です。怖いのでクラスの生徒は誰も何も言わなかったです。
毎回授業でそんなことをするので、「なんだコイツ・・・」という目で見られていたと思います。本人は気づいてないでしょうけど。
ちなみに、扇風機の風にずっと当たっていても死にはしない、体に直接風が当たると体温が下がるので穏やかな風の方がより良いとのこと。
ついでに冬季に生徒が膝掛けをしていると、「膝掛けをするなんて、不謹慎だ」と言われました(その発言は、別の社会科の先生)。寒くて授業に集中できないより、膝掛けをした方がマシでは?
「部活中は水分補給禁止」に近いのかもしれませんが、合理的な思考からは程遠いことをさも当たり前のように言って従わせられた経験をお持ちの方もいるのではないでしょうか。
大人は当てにならない
学校や職場は閉鎖的な場所です。そういった「枠」の中で生活していると、どんどん視野が狭くなり、非合理的・非人道的なこともよいとされてしまうこともあります。
「いじめはいけない」と学校では言うものですが、教員同士でのいじめも残念ながら存在します。
どうして閉鎖的な中を好むのか?それはその方が人間にとって楽だからでしょう。
ですが、その枠の中で偉そうにふんぞり返っていても、その枠が一旦なくなれば、何も残りません。
害が無ければそれでいいのですが「部活中は水分補給禁止」のように、人を強制的に従わせる以外に何の目的もない不適切なルールが、時として人の命をも奪ってしまうこともあります。
変なルール、アホくさ、それを強要してくる大人なんて、もうやんなっちゃったよ、酒を飲んで寝てよう・・・と思いたくなることがいくつもありますが、やけを起こしませんよう。
もっと恐ろしいのは、自分が変なルールを作っていないか、誰かに強要していないか、ということ。
歳をとると、これまでの経験や体験(嬉しかったことよりも、むしろ他者から攻撃されたり、報われなかったこと、劣等感など)に引っ張られがちになります。そして「何をやっても無駄さ」として現状維持を好む、または自分の優位的立場を守るために他者を攻撃するようになってくると感じています。
全てにおいて冷めた目で見がち、自分の立場を守るのに必死になってしまうのです。頑張れば報われる、と信じてそれが叶わなかった人ほどそうかもしれません。
そして、自分にとって都合のいい不適切なルールを作ってしまうのです。
そう、大人なんて当てにならないのです。
「そんなこと、とっくにわかっているさ」と思う皆様、素晴らしい。では、年長者の我々はどうするべきか。
ひとつは非合理的・不適切で自分しか得にならないようなルールは作らない・他者に強要しないこと。ふたつめは何かのルールを考える際は、科学的あるいはその他の視点から合理的であるかを考えること。
これを行えば、人の命を殺めてしまうような致命傷は避けれます。
一方で、大人になると冷める・何をやっても無駄に思えてくる気持ちもわかるのです。
あまりにも変化が早い、昨日新しかったことが今日はもう古い、周回遅れになっているのが日常茶飯事、何を頼ればいいのかもうわからない。時間がかかる割に成果が期待したほどではない。
そんな移り変わりの激しい中で、「今やっていることが本当に意味があるのか?」と疑心暗鬼になってしまうのも無理はないのです。
ですが、自分だけがお得というのはありえない、むしろ手痛いしっぺ返しがくるとわかっているのであれば、「苦労と労力がかかるけど、そこに成功確率を上げる努力はした上でそこにチャレンジする」のが本来目指すべき大人の姿なのでしょう。
なんてやることが多い、気苦労も多い・・・と日々感じることばかりかもしれませんが、今日ご苦労されている皆様の行動が、将来のご自身を幸せなものにできるように祈念しております。
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他人を見下して、いい気になっている場合じゃない【雑談】
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Wrote this articleこの記事を書いた人

あかぐり
クレジットカードを使い続けて10年以上。初めてクレジットカードを作る人に向けて、また、サイトに来てくれた人の経験や知識に「ちょい足し」するべく、クレジットカードの実体験とお金に関する情報を発信しています。