
この雑談コーナー、思いもよらず読んでくださる方が多く、とても嬉しいです。
著者の感じたことをつらつらと書いているだけですが、よかったらお付き合いくださいますよう。
これは幼子の話だけど
小学校の頃、クラスで誰かが100点を取ると
「テストの点がよくなかった人もいるんだから、自慢するな!」「嫌味」「ひどい!」
という子はいませんでしたか?(私のクラスにはいました)
面倒くさがりな自分は「アホくさ」と思って距離を置いてました(たまに巻き込まれるけど)。
なんで他人の点数を見て不機嫌になってるんだ、他人の点数なんて関係ないでしょ?
この例は、幼い子のお話。
ですが、大人は同じことを時々していませんか?
華やかな装飾品をSNSにアップして大炎上(良い方面も悪い方面も)、そんなに他人が気になる?
もうSNS見るのやめちゃえば?他人の何かを見てイライラすることなんてなくなるのに。
でも見ずにはいられない。
これは本能的な脳の仕組みが関係しているそうです。
人間は屈辱を感じると狂戦士になるらしい
人が屈辱を感じたとき、脳はそれを社会的な危険として認識します。
このとき強く反応するのが、扁桃体と呼ばれる部位です。扁桃体は恐怖・怒り・不安などを処理し、「身を守れ」という信号を全身に出します。
その結果、脳と体は警戒モード(闘争・逃走反応)に入ります。
具体的には、
・心拍数が上がる
・筋肉が緊張する
・相手の言動に過敏になる
・「やり返したい」「逃げたい」という衝動が強くなる
といった反応が起こります。
重要なのは、屈辱は身体的な危険とほぼ同じ扱いを脳がしている点です。
人間は社会的な評価や尊厳を失うことが、生存に関わるほど重大だった時代を長く生きてきました。その名残で、脳は今でも屈辱=脅威と判断します。
つまり、「テストでいい点取りやがって!」というのは、他人と自分を比較して自分の点数が低かった場合、屈辱を感じているということです。
SNSなど、情報が拡散・入手しやすい現代では、情報の内容によっては屈辱刺激が毎日・何度も再生されることになります。まさにエンドレスです。
一応、この仕組みは本能で、進化的に優秀だから残っています。
つまり、個人の欠陥ではなく、生物学的な進化と社会のミスマッチから起こっているのです。
現代は刺激が多すぎる
「これは本能だからしょうがないよね」と言って大量の情報を浴びていたら、人間は壊れそうです。
屈辱を感じすぎて壊れるというより、頻繁な刺激の切り替えにより脳みそを疲れさせて、正常な判断ができなくなりそう。
摂取しないほうがよい情報も、溢れているような気がします。
見知らぬ他人、世界規模の比較、終わらない評価・・・
「他人より自分は優位的な立場だから安心」なんて、そんな脆い神話は現代には通用しないかも。
となると、何をすれば安心なのだ・・・?
少なくとも、刺激をたくさん浴びて不安になるのであれば、その刺激の回数を減らした方がよいでしょう。
そんなわけで、SNSを閉じては開いてしまう自分を戒めたいと思います。
安心の材料は人それぞれ異なるとは思いますが、各々で心の拠り所を見つけて、穏やかな時間を過ごせるように願っております。
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道徳なんて、誰かに教えてもらって身につくものではないのさ【雑談】
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Wrote this articleこの記事を書いた人
あかぐり
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